牛肉の生食提供について
大きなニュースになっていますが、焼肉店のユッケで食中毒の方が亡くなりました。これに関する報道で、え?と思った方も多いと思います。厚生労働省が平成10年に出した「生食用食肉等の安全性確保について」という通達をクリアし、生食用として流通した牛肉が少なくとも2008年から2009年にかけて皆無ということについて。

確かにその通りなんです。生食用として流通している牛肉にはお目にかかったことがございません。しかし実際、多くの飲食店で牛肉が生食用として提供されています。つまり、多くの皆さんが今回驚かれたように、それら全てが加熱用牛肉を生で出していたということなのです。

そもそも、その事実が全く周知されていなかったということに大きな問題があると思いますし、今後どうすべきか、という問題についても色々な意見があると思いますが、それはとりあえず置いておいて、当店ではどうしているかについて書きます。ご参考までに。

当店はイタリアンレストランですから、牛肉のカルパッチョなど、牛肉を生で出すことがあります。その時はまず仕入れ業者さんから、もも肉の中の方の部位を冊で切ってもらって仕入れます。普段から業者さんともコミュニケーションを取り、信頼関係を築くのが大前提です。そうすれば彼らもプロですから、生食用と納品書には書けなくても、しっかりと対応してくれます。その上でさらに当店では、表面を焼きます。これにより、O-157やO-111、サルモネラ菌、カンビロバクターなどは殺せます。これらは内臓などから付着する細菌なので、表面処理をきちんと処理すれば、中にいることはありません。あとは清潔で、パストリーゼなどでさらに殺菌処理したまな板と包丁で切ればリスクはかなり減らせます。もちろん、普段からの手洗いと殺菌は基本です。

今回のことで、飲食店が生肉を出すことにかなり及び腰になるのは仕方ないと思います。だって、生肉を出さなくても十分営業できますし、敢えてリスクを取るほどのこともないですから。お客様からの需要が減ることも予想されますし。ただ、だからと言ってそれで食文化の一つが消えていいのかと言えば、それも違う気がしますし、きちんとリスクを管理しながら提供するのもプロの仕事かとも思います。というわけで、当店のカルパッチョについてはご安心を。
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# by martano | 2011-05-07 13:58 | 社長のひとりごと
営業再開のお知らせ
震災の影響で休業しておりますが、営業再開の見通しについてお知らせします。
予定では来週3月23日(水)より営業を再開する予定です。計画停電の影響で、ピッツァ生地の管理が難しいことから、当面はパスタのみの営業になる予定です。状況により、予定通り再開できない場合もございますので、お越しになる前に電話等でご確認いただけると幸いです。果たしてお客様がどれだけいらして下さるのか不安ですが、まずは復興の一歩を踏み出したいと思います。今後ともマルターノをよろしくお願いいたします。
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# by martano | 2011-03-18 14:22 | マルターノ新着情報
臨時休業のお知らせ
皆さんご無事ですか?
久しぶりの投稿がこんな内容で申し訳ありません。大変な震災で、それについてはまだ書く気になれませんが、とりあえずその影響で3月15から17日まで3日間、臨時休業とさせていただきます。

本当なら地域の飲食店としてお客様がいる限りは営業を続けたいのですが、東京電力の計画停電の影響で従業員の足の確保に支障が出ていることと、停電時間がはっきりしないこと、また停電によってピッツァ生地が冷蔵庫の中で発酵を始めてしまい、ベストの状態で出す事が難しいことなどの理由から、とりあえず様子を見るために3日間お休みします。

現時点では東電の方針もこのまま前日決定が続きそうですが、仮にそうだとしてもいつまでも休業するわけには行きませんので、どこかの時点で覚悟を決め、やれる範囲内での営業に踏み切るつもりでいます。一応今の時点で何も大きな変化がなければ18日から営業します。

大変な時期ではありますが、皆様の安全と健康をお祈りいたします。今後ともマルターノをよろしくお願いいたします。
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# by martano | 2011-03-14 23:00 | 社長のひとりごと
クリスマスの朝に
皆さん、メリークリスマス。今年は暖かいですねえ。去年はどうだったかな?

と毎年メモリーの消去スピードが早くなっていて、去年のクリスマスすらよく覚えていない私ですが、中一の息子の記憶は確かなようです。「今年のサンタは去年とは形式が違っていた」って、そーでしたっけ?オトーサンタはもう覚えてねーだよ、去年のことなんか。それにしてもそうなんです、この中一、今だにサンタは実在して、プレゼントを配って回っていると信じているんです。サンタは心の中にいる、というような大人の詭弁じゃなくてね、リアルですよ、リアル。どうやって一晩で世界中に配り終わるかとか、彼なりに一応考えているらしいんです。少なくとも長生きし過ぎだから、人間ではない、とか。時空を超えられるとか。映画の見過ぎだよ、君。

まー、大体元はと言えば、私の秘密工作が毎年芸が細かかったのが原因なので、結局自分のせいだろ、というのはその通りなんですが、今年もやりましたよ、仕方なく。上の高校生二人は大分前に気がついていて(それでも小学校5〜6年ぐらいまで信じていた)、末っ子一人のための裏工作なんですが、まずプレゼントは仕込んだら店に隠す。私なんか毎年そうしていたのも忘れて、スタッフに「お、例年の、、、」とか言われる始末で、それはそれでヤバいことになっているのだが、まあ、忘れても考えることは同じなわけだ。

で、包装はまず全部やり直す。自分で包装紙やリボンは買って来て、敢えて手作り感を出して包装する。袋なんかも使う時は、必ず何も印刷していないものや、敢えて古びた感じのズダ袋みたいなのを使ってね。で、カードも必ず手作りで、英語で書く。だって、サンタって外国人じゃん?多分。会ったことないから。ん?それって私が悪い子だから?ホントはいるの?ウソ、マジ?!

て、冗談はさておき、まあ、敵もさるモノ、いろいろな罠を仕掛けてくるわけですよ。サンタの真贋を確かめようとして質問票を置いておいたり、サンタ用のクッキーとか、トナカイ用のニンジンとか。一番多いときはそれが三人分!?それを全部英語で回答して(字体も流れるような筆記体で。だってそんなイメージじゃん?サンタって)、クッキーは食べて、ニンジンもヘタのところだけ切ってから歯形を残して、ベランダにこれ見よがしに置いておくとか。まー、これまでありとあらゆる事をして信じ込ませようとした最高傑作が一番下の中一の息子ですよ。いい加減に気がつけぇ〜〜〜!

というわけで、今年は少しヒントを与えることにしたんですよ。んー、例えば私自身へのプレゼント(毎年自分で買ってサンタから貰ったフリをしている哀れな中年ですが、何か?)は今年は『マイケル』のCDだったのですが、敢えて山野楽器の包装そのままにしたりとか、カードも、そのカードのメーカーのURLが入ったものにしたりとか。子ども達へのプレゼントも、包装せずにリボンをかけただけで、まとめて大きな布袋に入れたりとか。まあ、そうした結果が冒頭の「今年のサンタは去年とは形式が違う」発言だったのですが、オイオイ、そうじゃなくて、、、。

しかし、まあ、一旦クリスマスイブとなれば、こちとら真剣勝負です。いつ何どきも、子ども相手でも絶対に手を抜かない勝負師としては、犯行現場を見つかってバレるようなヘタレなことは死んでもできません。何喰わぬ顔でチャンスを待ちます。去年は確か、「絶対にサンタの尻尾をつかんでやる」と、寝ないで粘っていた息子の一瞬のスキを突いてミッション完了。今年も長期戦になるかと思いきや、意外に早く寝たようで、2時半頃に様子を見たら、完全に寝入っていたのでそこからミッション開始。例によって質問票が、お、今年は英語?How much do you weigh?!失敬な。Can you fly?って、、、。

まあここでウロチョロしていて見つかっては大変なので、とりあえず質問票だけ持って書斎に戻り、回答を書くことにする。回答用のシャープペンが置いてあったけど、これは使わずにサインペンを使う。回答を書き終わってから、プレゼントと共にツリーの元に戻り、サンタ用に置いてあったバナナケーキとトナカイ用のニンジンを回収。さすがに今年は歯形つきのヘタはやめにしておいてミッション完了。さっさと寝る。

さて翌朝。さっきですよ。息子が寝室にやって来て、「サンタ、来たよ。パパのもある。」と声変わりした声で言うもんだから、横でカミさんが必死で笑いをこらえる。私も寝ぼけたフリをして、とぼけるだけとぼけておいて、自分のプレゼントを空け、また寝たフリをする。と、息子がいろいろ喋っている。

「Can you fly?って聞いたらNo, I can'tって書いてあったよ。その後は何だか読めない。」

「(それはReideerと書いてあるのだ、息子よ。トナカイが飛べるの。この前そんな映画見たでしょ?)」

「僕のシャーペン置いておいたんだけどさ、ないんだよねえ、持って行っちゃったのかなあ?」

「(ギクッ)」

ヤバい。そのシャープペンは私の書斎のデスクの上。まあ、それを見つけて、論理的思考ができれば、真犯人は推理できるはず。それもいいかと思い一瞬逡巡するが、イヤ、そういう細部からバレるのは良くない。細部にこだわらないと、大きなファンタジーは作れないことはディズニーが証明しているではないか!と思い直し、まだシャープペンのありかに気がつかない息子の一瞬の隙を突いてシャープペンを回収。何気なく玄関のドアの下の落としておく。

あまりに素早い動きに驚いたカミさんに「どうしたの?」と聞かれ、事情を説明しながら布団に潜り込む。「気がつかないんじゃない?」と妻が呟いた1分後、玄関から声が。

「あっ!」
「そうか、わかった。間違えて持ってっちゃったんだけど気がついて、二階に戻るのが面倒臭いから玄関に置いといたんだ!絶対そうだ!」

「(息子よ、なかなかいい推理だ。)」

「サンタね、来年も来るってよ。聞いたらそう書いてあった。」

「そうなんだ。良かったじゃん。
(多分ね、君が信じている限りは来ると思うよ。
 君の息子にもね。
 それからずっとその先も。
 だからサンタはきっといるんだよ。
 目に見えないだけさ。)」
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# by martano | 2010-12-25 10:33 | 社長のひとりごと
お金と市場、経済のこれから
そもそも、お金とは何か?

お金とは、価値の交換を媒介するものです。経済とは、価値の交換の総体だと私は捉えます。つまり、全員が完全に自給自足で、誰とも価値を交換しなければ、経済自体存在しない。厳密に言えば、生産が発生する段階で経済は発生するのでしょうが、交換が発生しなければ、誰もその生産物に価値をつける必要もなく、価値が生産されなければ、何もないのと同じと考えます。ですから、経済の本質は、価値の交換であるというわけです。

もし価値の交換が一切発生しなければ、お金は必要なかったでしょう。貨幣の歴史を辿れば、価値の交換方法としてまず物々交換が行われ、やがて便利な媒介物として貨幣が使われるようになりました。貨幣は持ち運びしやすく、共通の単位として機能します。それにより様々な価値が量られ、値段という価値判断基準を生まれました。いつしかお金は、交換し得る(と信じられている)全ての価値を背景に、それそのものが価値のあるものかのように使わるようになったのです。

しかし、本来、お金はそれに対する信用がなければただの紙切れです。誰もが価値を認めるものでなければ貨幣として信用されなかったのは、実はそう遠い昔の話ではありません。1ドル=1/35トロイオンスの金との交換を保証し、各国通貨が固定相場でドルにペグされていたブレトンウッズ体制までは、理論的には全ての加盟国通貨には金の裏付けがあったわけです。しかし、1971年にニクソンがドルと金の交換を停止し、ブレトンウッズ体制が崩壊すると、お金の発行母体、つまり各国政府への信用が金に代わって通貨の裏付けとなっています。

では、各国政府への信用とは何でしょう?何故我々はそれを信用できるものとするのでしょう?

それは、各国政府が国民を代表しているからです。もっとわかりやすく言えば、各国政府が発行する各国通貨への信用は、基本的にはその国民の生産性がそれを保証します。多少の誤差はありますが、各国の通貨の発行量というのは、大体においてその国のGDPに比例します。ということは、現代のお金の本質は、人間の労働力ということです。


現在起きていること

ここに一つの数字があります。現在の世界金融資産の合計は2006年のマッキンゼーレポートによると167兆ドル。世界GDPの58兆ドルの3倍以上もあります。もしお金の裏付けが人間の労働力とすると、お金が多すぎないでしょうか?何故そうなったかはここでは詳述しませんが、問題はその状況と、現在の経済状況とのギャップです。

通常、お金がその裏付けを超えて発行されると通貨の価値は下がります。従来前提としていた交換比率が維持できなくなるからです。ブレトンウッズ体制が崩壊したのもまさにそれが原因です。ベトナム戦争を背景とした財政赤字のため、アメリカが金保有量を超える大量のドルを発行せざるを得なかったのです。結果的にドルも暴落しました。

現在もドルは下落していますが、それもやはりアメリカの生産力に対するドルの過発行という意味で同じです。しかしここで指摘したいのは、世界の通貨全体を見れば、必ずしもお金の価値は下がっていないということです。むしろデフレ傾向にあります。逆にお金の裏付けである人間の労働の価値は低落傾向にあります。本来なら過剰流動性が労働市場に流れ込み、インフレを誘発しそうなものですが、全く逆です。一体何が起きているのでしょう?

これはつまり、労働賃金を押し上げるほど、お金と労働力の交換が行われていないということです。つまり、お金は余っていても、それで労働力を買おうとはしていない。理由は簡単です。今の資本主義では、労働力は単にコストでしかなく、最小化するのが正しいからです。人に投資する時は、それ以上の利益が見込める時だけで、あくまでも分母を増やし、人件費率は低く抑える前提は変わりません。

ここで一つのパラドックスに突き当たります。お金を裏付けているものは人々の労働力、つまり、それを使って人々を動かせるという力を行使してのみお金たり得るのにもかかわらず、それをコストと見なすシステムによって最小化され、お金だけを増やそうとしている。だから行き詰まっているのです。


これからの方向性

お金とは、それを持って人々を動かすことができるという意味で、非常に大きな力を持っています。だからこそ、お金を持つ人が、それを使ってどう人々を動かすか、ということは非常に重要です。各国政府、大企業、個人のお金持ちなどが、そのお金の力を正しく使えば、確実に幸せの数を増やせるのです。

「幸せの数」という言葉を私は敢えて使いましたが、非常に抽象的な言葉です。もちろん、統計のように数えられません。ただ、幸せの数が増えたか、減ったか、例え統計は取れなくても、我々は実感としてそれを感じることができるのではないでしょうか?この他にも、「愛」、「正義」、「伝統」など、眼に見えない、量れない、しかし、確実に存在する価値があります。

残念ながら、今の市場原理に基づく資本主義には、これらの価値を考慮に入れる機能は全くありません。市場化というのは、価格化できる価値のみの需給一致点を決めるシステムで、数値化できない価値は算入できないからです。その結果、「愛」や「正義」など、恐らく資本が儲けるだけの仕組みに歯止めをかけ得る最も大事な価値が除外されてしまっているのです。

それだけではありません。市場原理主義は経済効率の名の下、お金で量れない価値を暴力的に浸食し、破壊してしまうのです。この10年で、多くの価値が破壊されるのを我々は目の当りにしてきました。それを自由化の流れ、自己責任、自然淘汰として諦める風潮にありますが、本当にそれでいいのでしょうか?

自由化とは誰にとっての自由化だったのでしょう?既得権者が自由に活動できるようになっただけではないでしょうか?自己責任とは、選択の自由があって初めて言えることです。我々に選択の自由は増えたのでしょうか?我々は自然界に住んでいるのではありません。自然淘汰に任せず、守るべきものは守るのが人間界だと思いますが、違うでしょうか?

私は今こそ、システムを根本的に変える時期だと思っています。市場化によって除外されてきた、たくさんの眼に見えない価値観を社会システムの中に取り入れ、より長期的な視点に立った方向性を出して行く。それをやるのは市場ではありません。我々自身の哲学を政治に反映することによってのみ実現可能です。

今だに政府の大小や、規制強化や緩和かなどという時代遅れの議論が消えませんが、問題はそんなことではなく、いかに明確な方向性を適正な政府支出と法律で出して行くかです。お金で量れる価値しか等式に入れられない市場にはそれができないから、政治がそれをやらなければならないのです。我々にできることは、その方向性の議論を勉強し、参加し、情報発信して広めること。こんなブログもその一環で書いてます。

もう皆さんはわかってらっしゃると思いますが、お金に換算できない大事な価値は、我々の心の中にあります。正しい方向性が示され、その方向にお金が動けば、短期的には市場に反するようなことでも、きっとたくさんの人の心を動かすと思います。人の心が動けば、人々は動き、きっとお金も後からついて来ます。人のいないところに、お金はないのですから。
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# by martano | 2010-12-14 17:56 | 社長のひとりごと
近況報告
最近、ツイッターで短く発信するのに精一杯で、全くブログを更新できていなかったので、とりあえず簡単な近況報告を。

まず、今年の秋はサンマをたくさん食べました。(すみません、いきなりしょーもない報告で)秋にサンマを喰わなきゃ生きてる意味がないだろ、ぐらいなもので、例年10本ぐらいは食べるのですが、今年は不漁だと聞いて余計飢餓感が増したのか、20本は軽く喰いましたか。家で焼く以外にも、近所のカルタさんのランチに乗り込んで行って、メニューにないのにサンマの塩焼き定食をムチャ振りで出してもらい、そこでも5本ぐらい喰らった覚えが。いやあ、ノーサンマ、ノーライフ。

それから、ちょうど今日、東京の方へ記者会見に行って来たのですが、ここ1ヶ月半ほどDKIM WG(ディーキムワーキンググループ)の設立にかかわっていました。DKIMというのは、メールに電子署名をつけることにより、なりすましによる迷惑メールなどを防ぐ技術なのですが、それを日本で普及させて行くための活動をするワーキンググループです。その発起人として楽天、ヤフー、センドメール、ニフティ、パイプドビッツなどと共に名を連ねたので、その準備のお手伝いをしていて、その記者会見が今日だったのです。

実は以前、このブログにもその技術のことを少し書いていて、それは先日の参議院選で某政党の候補者として楽天の社員の方が出た時、その方の発言として、迷惑メール規制について全くトンチンカンなことを言っていたので、それに突っ込んだブログでした。(→その記事はこちら)面白かったのは、今回のワーキンググループ設立の中心になっているのが楽天の社員の方で、その方がこのブログ記事を読んで共感して下さっていたこと。で、今回何かの話題の時にその話が出て、「え、あれって大西さんが書いてたの?」とつながってしまったこと。全く世の中はどこでつながるかわかりません。

つながると言えば、私が10年以上民主党の仕事をして来たこともうまくつながったのか、先週この件を原口前総務大臣に説明する機会を得ました。我々の取り組みを理解していただき、その重要性について知っておいていただくのが目的です。幸い全面的なご支持をいただいたので、今後この技術の普及推進の旗振り役になっていただけると期待しています。また、この分野以外でも、非常に本質的な発想をされる方なので、いつしか日本の政治の中心になっていくのではないかと思います。できればもう一度お会いする機会をいただいて、経済、金融、財政、教育の話もしてみたいです。

さて、経済、金融、財政という分野においては、昨今の動向には非常に気になることが多く、私は危機感を覚えます。自分に何かできることはないかと模索し、実際に動き出しているので、これもまた何かにつながるといいですね。スティーブ・ジョブズ氏が言うように、いろいろ動くと点と点がつながるのかもしれません。

スティーブ・ジョブズ氏の有名なスタンフォード大での演説
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# by martano | 2010-11-15 17:58 | 社長のひとりごと
政府発行紙幣を頭から否定してはいけない
前回までのブログで度々書いた政府発行紙幣。これは本来日銀のみが発行すべき通貨を、政府が発行し、市中に流通させることを言います。混乱を避けるため、必ずしも二種類の通貨を流通させる必要はなく、それを全額日銀が買い取り、売った金額を国庫に入れ、政府がそれを使うことにより、市中には日銀券で流通させることも可能です。ちなみに政府による通貨の発行は、法律にも定められているれっきとした政府権限です。しかし、この政府発行紙幣を頭から否定する人は少なくありません。曰く、通貨の信任が低下する、ハイパーインフレになる、太政官札の二の舞になる、などなど。

でもちょっと考えてみてください。果たしてそうでしょうか?

通貨の信任が低下する?十分な裏付けもなく通貨を発行することになるから、ですか?それとも発行量の問題でしょうか?そもそも通貨の裏付けって何でしょうね。もはや金などの現物でないことは明らかです。日銀の資産を見ても、金などはほんのわずか、国債が半分以上を占めていたりまします。結局は人の労働、つまり日本人の生産性に対する信頼が裏付けということではないでしょうか?だから、日銀は2001年から2006年まで、信用を増やすことにより、量的緩和をしたんですよね?別に実物の裏付けがあったわけではない。それで通貨の信任は低下しましたか?それと政府発行紙幣が本質的に何が違うのでしょう?日銀のエゴだけではないでしょうか?

ハイパーインフレはどうでしょう?日本がハイパーインフレになるんでしょうか?ハイパーインフレになる条件は?貨幣の過発行ですか?違います。貨幣を発行しても、それを増やす実体経済、資産市場がなければ価格は動きません。つまり、お金の時間的価値が増さないとインフレにはならないのです。お金の時間的価値とは、今日のお金が明日のお金よりも価値があるということです。それが成立するには、旺盛な消費意欲によって右肩上がりの市場が背景になければならない。さらに右肩上がりの市場は需要に供給が追いつかないことが前提なのに、その供給は今や世界中から提供されます。しかも日本は世界でも有数の経常黒字国で、外貨も稼ぎ、通貨も強い。世界中からモノは買い放題です。そんな国が貨幣の発行量を増やしただけでハイパーインフレになるんでしょうか?

最後に太政官札の例を引き合いに出す人たちに至っては、ただ否定したいだけなんだとしか思えません。明治政府に対する信用と、今の日本政府に対する信用が比べ物になりますか?今の日本政府がそんなに信用ないなら、何故巨額の財政赤字を抱えてなお、国債のほとんどを日本人は買うんです?もちろんいつまでも財政赤字垂れ流しでは、そのうちに国債の消化に支障をきたす日が来るかも知れない。むしろ、だからこそ、政府発行紙幣なんですよ。政府の財政収支を悪化させることがありませんから。

どうも政府発行紙幣を否定している人たちは、そんなウマい話があるわけがない、と思っている節があります。別にウマい話ではないんですよ。むしろ、長期にわたり、様々な犠牲を払って頑張って来た国民が受け取るべき当然の対価だと私は考えています。

説明しましょう。

日本の経常黒字の累計額って、いくらぐらいだと思いますか?財務省統計によると、日本の貿易黒字が問題になり始めた80年代から現在までの累計で、約350兆円です。経常収支は簡単に言うと、日本人全体が海外に払ったお金と、海外から受け取ったお金の差額ですから、それだけ日本人が頑張って稼いだということです。プラザ合意以降の円高をモノともせず、驚異的な頑張りです。では、そうして稼いだ350兆円はではどこへ行ったのでしょう?国際収支統計というは、経常収支+資本収支+外貨準備増減=ゼロになりますから、経常収支が黒字なら、その分資本流出(海外投資)と外貨準備に回ります。この資本収支と外貨準備を合わせた対外資産の累計は2009年末で266兆円。つまり稼いだ350兆円のうち266兆円は対外資産(外貨準備高96兆円を含む)になっています。これはほとんど全て、皆さんの預金や年金が回り回ってそうなっているわけです。では350兆−266兆の残りの84兆はどこにあるのか?

良い質問ですが、様々な要素があるため、簡単に答えられる質問ではありません。でもかなりの確度で、私は消えてしまったと考えています。つまり、対外資産運用が元本損失を出しているということです。外貨建て資産については毎年の統計算出時に円換算しますから、為替差損も含み、84兆円もの損失ということです。もちろん、対外資産は金利などの利益も生み、それは経常収支の中に入ってきますから、個々の投資自体が損か得かというところまではわかりませんが、いずれにしても、我々の稼いだ350兆円が大幅に目減りしているのは確かです。

これがどれだけ悲劇的かというと、つまりこういうことです。日本人が円高という逆風に対し、頑張り過ぎて膨大な経常収支を稼いだ結果、それらは国内に還流せずに対外投資に回り、自分たちが使う前に大幅に目減りしているということ。それは、無能な銀行、資本家、機関投資家や政府が我々の預金を使って勝手に行ったことであって、政府は国民の代表で我々に責任があるとしても、その他については全くコントロール不能であること。更に言えば、この構造のまま我々がいくら頑張っても、事態はさらに悪化するだけであるということ。

ではどうすればいいのか?人々が預金を引き出し、使えばいいんです。もっと経済学っぽい言い方をすれば、内需拡大で国内消費を増やし、経常収支をバランスさせる方向へ舵を切るしかありません。そうすれば円高プレッシャーも和らぎ、国内にお金が還流するようになる。実はそんなことは24年前のあの有名な前川レポートに書いてあります。一部引用すると『我が国の大幅な経常収支不均衡の継続は、我が国の経済運営においても、また、世界経済の調和ある発展という観点からも、危機的状況である』だから内需主導の成長を目指すと。

ところが、実際には内需拡大は置き去りにされ、経常黒字はますます増えた結果、自らの首を絞めています。実は、内需拡大とは、口で言うほど簡単なものではないのです。かけ声一つで動くものではなく、そこには日本人の消費性向、貯蓄志向という見えない障壁があります。特に今の不安な時代、なかなか貯金を下ろして使えというのは難しいですし、その貯金すらない人たちも大勢います。この中で消費を増やすには、預金口座の残高を直接増やしてあげるしかないのです。だから政府発行紙幣です。発行額は350兆円。まさに我々日本人が汗水たらして働き、稼いだまま使えない状態にある金額と同額です。そして、そのうち300兆を直接国民に支給します。年間100兆円(一人当たり約80万円)を3年間支給するのです。日本人のことですから、全部は当然使わないでしょう。でも平均して2割が使われたとすると、それだけでGDPを4%押し上げます。残りの50兆を使って、政府は環境対応型の社会資本整備、内需関連産業への雇用の移転に着手します。方向性を示すのです。そうすれば、活力を取り戻した民間が改革を進めるでしょう。

こんなことを書くと、すぐにバラマキと批判する人がいますが、私に言わせれば無意味なレッテルです。バラまくというだけで考慮に値しない、というのは単なる思考停止です。それが必要な時があっても全く不思議ではない。今がまさにその時だと思っています。しかも、350兆という金額は、もともと我々が稼いだ外貨で、そのうち266兆は対外資産として保有しています。つまり、それが担保となるわけです。何も持たない国がこんなことをやれば通貨が崩壊するでしょうが、日本はいざとなったら資産を全て売り払い、円買いに回すこともできるのです。正に日本にしかできない、日本がやるべき政策ではないかと思います。

ただし、この政策をやるには一つ重要な注意点があります。それは、資産バブルは二度と起こしてはならないということ。そのための政策、または規制が必須です。この話をすると、いよいよ土地の問題に切り込むことになりますが、それはまた別の機会に書きます。
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# by martano | 2010-09-14 17:36 | 社長のひとりごと
金融政策の失敗が示す日本経済再生の道
今回の円高を巡って、政府与党、日銀の対応の遅さに批判が高まっているが、それはちょっと違うのではないか。政府はともかく、日銀ができることはほとんどない。介入は恐らく効果がない。むしろ下手に介入して外貨準備を増やすのはやめた方がいい。金利下げの余地もない。一時のような量的緩和で円キャリートレードを誘発しようにも、ドル金利が低ければそれも起こりにくい。それでも何かの手を打たなければ、というのは心情的にはわかるが、批判者自身も今起きている大きな変化を見逃している気がする。その大きな変化とは、中央銀行が金融政策で経済をコントロールする時代は終わったということだ。

随分大胆なことを言うと思われるかも知れないが、少なくとも今は金融政策は全く効かない。そして、この変化が構造的なものであるが故に、恐らく金融政策による経済運営の時代は終わりを告げたと言って良いと思う。金融政策はもはや物価のコントロールにすら有効性を失っている。

そもそも金融政策とは何か?それは中央銀行が市中に還流させるお金をコントロールすることにより、物価や成長率を調整しようとするものだ。伝統的な手法で言うと、金利を下げれば貸し出しが増え、市中に回るお金は増え、設備投資や消費が刺激され、物価や成長率が伸びる。金利を上げればその逆だ。従来日銀はこの金利という手綱一本で経済をコントロールして来たが、金利の下げ幅がなくなると量的緩和も実施し、市中のお金を増やすことにより、景気を浮揚させようと試みて来た。

しかし、以下のグラフを見て欲しい。これは私が日銀発表のマネタリーベースとマネーストック(旧マネーサプライ)M2+CDを90年から2010年までプロットしたものだ。マネタリーベースとは言わば日銀が供給するお金のことで、マネーストックとはそれが市中に流れて民間の財布や預金に入ったお金のことだ。2001年頃から2006年にかけて、極端にマネタリーベースが増えたのにも関わらず、マネーストックへの影響はほとんどなかった。これはつまり、日銀がお金を供給しても、そのお金はほとんど市中に流れなかったということだ。どういうことだろう?

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そもそも、金融政策で景気を調整できるという考え方は、あることを条件にしている。それは、潜在需要が供給を上回っており、供給すれば売れる、という状態だ。つまり、金利が需要をある程度抑え、供給を増やすための設備投資のスピードを抑えている場合、金融政策が効果的だ。それは手綱に似ている。引き締めないと走り出す馬が前にいて初めて、手綱捌きでそれが操れる。モノが十分行き渡らず、需要が旺盛な成長期がその状態だ。だが今はどうだろう?十分にモノが行き渡り、生産拠点が海外に移転し、内需が弱い日本でどんな設備投資、資金需要があるのだろう?それは金利やお金の供給量の問題ではない。だからマネーストックは増えなかった。伸びきった手綱が何の役にも立たないのは、馬が弱っているからだ。

実は、金融政策が無力化しているのは何も景気調整に対してだけではない。物価調整に対しても同じことが言える。旺盛な需要に支えられ、適度のインフレの状態の時は、金利は物価の調整弁として効果的だ。仮にデフレになったとしても、それが好不況の循環サイクルの一環としてのデフレであれば、金利を緩めれば物価は上昇に転じる。だが、今のこの状況は、好不況の循環の中のデフレではなく、世界的な構造変化によるものだ。

グローバル化により、モノの生産拠点は賃金の安い国に流れ、常に値下げプレッシャーがかかる。また、半年でCPUスピードが倍になり、さらに値段が半額に下がるような情報通信の世界がこの傾向に拍車をかける。一方で、エネルギー、鉱物などの資源は世界規模の奪い合いから高騰し、それが原材料費を押し上げる。これらの要素が複雑に絡み合って物価を形成し、しかもそれらの要素が金利とは関係ないところで決定される今、日銀の金融政策がどれほどの効果を持つのだろうか?また、世界中で金融資産がダブついて、資金が瞬時に世界を駆け巡る中で、一国の金利政策だけではマネーの量すらコントロールできないのではないか?何故なら、マネーは自由に世界中を行き来でき、そのマネー自体が世界GDPの3倍もあるのだから。その通り道が為替であり、今回の円高もそういった脈絡の中で捉える必要がある。

そう考えると、今日本に必要なのは、そういったマネー、特に今だにお金をお金で増やそうという強欲な資本に蹂躙されずに、うまくその資本を流入させ、内需を拡大させて経済を活性化させる政策だ。例えば、前回も少し書いたような、日本全土を持続可能な社会に作り替え、化石燃料から完全に脱却する第二次列島改造計画のような方針を示し、財政政策または政府発行紙幣のように直接マネーストックを増やす手を打ってドライブをかける。結局金融政策でマネタリーベースを増やしても、日本を素通りして円キャリートレードで海外に流れ、マネーストックが微動だにしなかった失敗を踏まえれば、それしかないことは明らかなのではないか?更に言えば、こうした大胆な政策を打てるのは、自ら資金を手当できる日本のような経常黒字国だけなのだ。そして、その方針が出た途端、世界中から資金が集まって来る。その時にバブルを発生させない法整備(金融政策は効かない)さえきちんとすれば、日本が世界経済を牽引する日は近いと思う。今の円高はその新しい時代を予見する動きなのかもしれない。ただし、その場合さらなる円高は甘んじて受けなければならないので、それを見越した対策は必要になると思う。いずれにしても、この円高とは戦わず、日本の政策としてそれに乗るのが一番得策だ。何故なら私の為替ディーラーとしての経験上、トレンドに逆らって勝った者は一人もいないのだから。
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# by martano | 2010-08-26 02:12 | 社長のひとりごと
この円高局面でなすべきこと
まず、この円高について、最近になって通貨安競争という言われ方がなされるようになった。私はこの言い方は正しくないと思っている。通貨安を容認する各国の態度と、通貨安になった直接の原因は別のものだ。あたかも各国が自国の輸出を好転させるために、通貨安を仕掛けているという論調は違うと思う。為替はそんな当局の思い通りには動かない。彼らは結果的に、自国の輸出のために通貨安を容認するという危険な橋を渡っているに過ぎない。

何故それが危険な橋なのか、また、それではこの通貨の動きの原因は何か?

私はそれを解く鍵はズバリ、各国の経常収支だと考えている。ここで経常収支について簡単に説明しよう。経常収支は基本的にその国の収支計算書のようなものだ。輸出などで入って来るキャッシュフローと、輸入などで出て行くキャッシュフローを相殺して、黒字か赤字か。黒字ならそのお金は投資、貯蓄に回り、赤字ならその分をどこかから借りて来なければならない。家計で考えてみればわかりやすい。誰かが貸してくれる間はお金は回るが、貸してくれなくなったら破綻する。国家も同じ。要はアイスランドやギリシャで起こったことと同じことが世界規模で始まったのだ。

ここで間違えてはいけないのは、この破綻は財政赤字によるものではないということだ。日本の財政はヒドいものだが、それでも経常収支が黒字で、財政赤字を国内の貯蓄で賄っている間は絶対に破綻しない。だから、ギリシャを見て、いきなり消費税論議に入るのは慌て過ぎだ。鍵となるのは経常収支、財政収支ではない。それは後からゆっくりやればいい。

そう考えると、ドルが売られるのは当然だ。ブッチぎりで世界最大の経常赤字国。消費が落ち込んで金利を下げざるを得ず、金利が低ければドルを買う理由もほとんどなくなる。通貨が下がれば投資意欲は更に落ち込むから、危険な橋というのはそういうわけだ。反対に世界最大の経常黒字国である中国の人民元には膨大な金額が流れ込んでいると思われるが、管理相場で数字には表れない。その代わり、スイスや日本のような安定した経常黒字国の通貨は買われる。

ではどうしたらいいか?

恐らく、この流れには誰も逆らえない。為替介入は全くのムダどころか、日本国民の財産を危うくする。すでに100兆円もつぎ込んだ外貨準備をさらに増やして介入するのは、火山口にガリガリ君を放り込むようなものだ。むしろ米国債を売って、外貨準備高を減らした方が傷は浅い。それができなければ、為替相場では何もしないことだ。その代わりにやれることがある。それが実はこのブログ記事の骨子だ。

実は、この経常収支と為替の関係を明らかにしようとする分析方法はアブソープション分析という古典的なもので、我々が現役の頃、このアプローチでトレードするディーラーなど一人もいなかった。どちらかと言うと、ファンダメンタルズを追うアナリストが行うようなものだが、ここにきてその分析法が効いて来ているように見えるのは、変動相場の通貨システムそのものが、その歪みを一気に吐き出そうとしているからではないか。

さて、そのアブソープション分析の元となるのが以下の数式である。

経常収支=国民総生産ー(国内消費+国内投資)

これを見れば一目瞭然だ。日本の経常黒字の根本は、国民総生産に対して、国内消費(内需)と国内投資が足りないことによる。要は国内にお金が回っていないのである。生産力が十分あるのにも関わらずだ。これに対する処方箋は、もはや大規模な財政出動以外にはあり得ない。財源がないって?そう、だから敢えて主張する。政府発行紙幣を発行し、国民一人一人にバラまけ。金額は年間100兆円を3〜5年分(物価指数を注視しながら)。その上で、日本全国を持続可能な環境対応型の社会に作り変える。化石燃料から世界に先駆けて脱却し、その技術を世界に向けて売る。ハイパーインフレなどそう簡単には起きない。それは生産性が低く、通貨が安い国で起きることだ。むしろこれでインフレになるようなら、今までの金融緩和政策が根本的に間違っていたという証拠だ。円安に振れる心配もない。なっても望むところだ。日本が加熱すれば、放って置いても海外から投資が来る。むしろ円高になる可能性が高いが、その頃には、アメリカに貸しっぱなしの100兆円などくれてやればいい。逆にこのままだと、国民の貯蓄であるその100兆円は無策のまま露と消える。だから、年間100兆円規模の政府発行紙幣はむしろ必要だ。ただ、政府発行紙幣と言うと、それだけで抵抗感を示す人がいるからそこの説明は慎重を要する。今回は長くなってしまったので、もっと詳しい説明については次回以降に譲るが、ただ一つだけ言えるのは、今は全く新しい大胆な発想が必要で、古い常識や思い込みに囚われている場合ではないということだ。
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# by martano | 2010-08-24 02:19 | 社長のひとりごと
この円高は止まらない
今回の円高はかなり深刻だと思います。それは単に比較的円が安全というような話ではなく、アメリカドルの終わりの始まりだと思うからです。昨日あたりからのニュースだと、アメリカの長期金利の緩和傾向を受けて、というような論調ですが、私はもっと別の理由があると思っています。

確かにアメリカの長期金利が下がるというのはドルに下落プレッシャーを与えます。何故なら、アメリカは財政赤字と経常赤字両方を抱え、海外からの資金なしには立ち行かないからです。日本の方がGDP比では大きな赤宇を抱えていると言いますが、それとは比較になりません。日本の国債はほとんどが国内で消化されていますが、アメリカの国債は6割以上が海外からの投資です。つまり、ある程度の金利と通貨の安定がなければ資金が入って来ない。利下げはその前提を崩すからです。

しかし、今回のドル安はそれだけではないと思います。背景にカネ余り(=ドルの過剰供給)現象があると私は疑っています。実はアメリカは2006年からM3という指標の発表を止めてしまっています。当局によると「金融政策策定上あまり重要ではないから」ということですが、本当にそうでしょうか?アメリカのマネーサプライは、M1が現金、当座預金、M2がM1+譲渡性の高い預金、M3はM2+高額定期預金、機関投資家のファンド等です。M3の比率はそれまで急激に伸びていて、発表をやめる2005年12月には過去最高の10兆ドル(M3部分は3兆4千億ドル)、全体の34%を占めています。

意図的かどうかはともかく、それまでの傾向からすれば、2006年以降もM3の割合は確実に増えていたでしょう。そして、何よりもその指標が重要だと考えられるのが、その伸びとリーマンショックを引き起こした資産バブルが連動していたと疑われる点です。リーマンショック前夜の2007年に、世界の金融資産は約195兆ドル、世界GDP54兆ドルの約3.6倍にまで膨れています(マッキンゼー調べ)。その主役を演じていたのがアメリカの機関投資家達だと仮定すると、M3も尋常ではない伸びを記録した可能性があります。アメリカがそれを隠し、ドルの供給を増やしていたとすれば、ドルの暴落は必至です。私はそれが今回の円高の背景にあると思っています。日本政府の抱える100兆円もの巨額かつ不必要な外貨準備高は激しい為替リスクに晒されるでしょう。外為特会の埋蔵金なんて吹っ飛ぶどころか、下手をすると積み増しが必要になります。さらに言うなら、その外貨準備で米国債を買って運用している以上、もう戻って来ないと覚悟した方が良さそうです。100兆円がパーになったら誰が責任を取るんでしょう?
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# by martano | 2010-08-13 01:48 | 社長のひとりごと


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